オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:Sp-031列車

風のタマサブロー

no.056●15.05.28
      ◎武蔵野の大地を、一直線に伸びる西武・国分寺線。(恋ヶ窪駅)


 歌舞伎役者の玉三郎を水ブクレさせたような風貌の武蔵美大の先輩、タマサブローがふっと現れたのは、茫漠たる武蔵野の大地に突風のような春風が吹きつけ、関東ローム層のこげ茶色の砂が、鷹の台の学舎一面に絶えまなく降りそそぐ、ある晴れた日の午後だった。
 武蔵美生だけで結成された人気バンド、ザ・キックスは二駅むこうの立川市にあるライブハウス「ゲン」にレギュラー出演をしていた。タマサブローは朝から激しい練習をかさねていたドラム担当、スキイチの横にそっとにじり寄り「いい楽器店が吉祥寺にあるんだよ。来週、紹介してあげるよ」とささやいた。

 星のきれいな夜であった。
バンド一番のモテ男、スキイチは早朝から深夜まで、津波のように押しよせる女性ファンから逃れるため、今夜も安アパートの押入れの影に身をひそめていた。
 開いた窓の外を初夏の風がザザーッと葉音をたてて吹き渡ったと思うと、コンコンとドアをノックする音がした。
「また女か…」
ガックリうなだれたスキイチが開いたドアの前には、あの先輩タマサブローが、うず巻く風の中に突ったっていた。
聞けば、バイト先のお店の、大量のギターをすべてサンプルとしてお客にプレゼントし、激怒した社長に住み込みの店をおい出されたという。
当然である。

 その夜から男二人のあやしい生活がはじまった。
決して学校の勉学に熱心ではないタマサブローは、ザ・キックスと共に夜な夜な「ゲン」に足をはこんだ。
 まるでドラえもんの弟子のようなタマサブローは、スキイチの指さす女性を次々と呼び寄せることができた。
「あっ、アメリカ人の可愛い女の子がいる」

 ベトナム戦争まっ盛りの時代。米軍基地の軍人の父と、日本人の母とのハーフであるエディちゃんとトミィちゃんをゲストに、スキイチの部屋で真夜中のすき焼きパーティが始まった。二人ともまだ17~8才ぐらいに見えるが、身長も胸もお尻も立派な大人の身体つきだった。

 その夜、4人はザコ寝した。
スキイチは、舌たらずな片言の日本語を話す金髪美人のエディちゃんと、たちまち恋におちた。
 二人の家庭は近々、本国のアメリカに戻るらしかったが、4人で過ごした2週間は瞬く間にすぎていった。

 初夏の暑いアパートの部屋で、汗をかきかき、スイカにかぶりついたこと。バンド・バスを運転し、山奥の温泉の露天風呂で大はしゃぎをしたことなど、夢のような日々は瞬時にして終わり、やがてエディちゃん達はアメリカに帰っていった。

「キット、オテガミダシテネ。ヤクソクダヨッ、スキチャン…。」
涙をうかべたエディちゃんは何度もそう言った。
辞書を片手に、スキイチは夜毎、夜毎、エディちゃんの美しい笑顔を思いうかべ手紙を書き続けた。
しかし、その返事はただの一通も届くことはなかった。

 秋も過ぎ、やがてまた次の春がやってきた。
学校には全く登校している様子もなかったタマサブローが、ある日ポツリと告げた。
「あのサー、就職先が決まったんだ」

 卒業式は朝からつよい春風が吹き荒れ、あの、こげ茶色の細かな砂がバラバラと絶えまなく降りそそぐ、晴れた日だった。
 その日を境にタマサブローは渦まく風のようにコツ然と消えてしまい、以来、その姿を見たものは誰もいなかったのである。




<西武鉄道・国分寺線>
国分寺線は西武鉄道の最も古い路線で、1894年(明治27年)西武鉄道の前身、川越鉄道により敷設・開業された。
・路線距離:7.8キロ・駅数:5駅(国分寺・恋ヶ窪・鷹の台・小川・東村山)

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◎単線のため、すれ違い待機中の国分寺行き列車。(鷹の台駅)

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◎武蔵野美大の最寄り駅「鷹の台」駅は、若い女学生が多い。(鷹の台駅)

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◎"タマサブロー"達が学ぶ、武蔵野美大の正門。


◎美大周辺の喫茶店も、オシャレなお店が多い。
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  ◎写真の人物はイメージです。文中の登場人物とは一切関係ありません。
  ◎西武鉄道 国分寺線(2013.08.28~30撮影、Cr/2008.07.05)


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