オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:A-028c列車

はぐれ雲
その3

no.052●15.01.00
      ◎名古屋鉄道・美濃町線は廃止されたが、かつての始発駅「名鉄・美濃駅」は、
       当時、使用された電車と共に大切に保存されている。


 'プァ~ン……'
湿った秋風にまじって、最終電車の発車の音が、なかなか寝付けぬボクの耳に届きました。

 低い古びた木の塀に囲まれた小さな庭がみえる、狭い廊下のガラス戸には、ベージュ色のカーテンがつり下げられ、僅かに開いたその隙間からは、月も星もないまっ暗な夜空が見えました。
'センセはもう寝はったんやろか……'
ボクはふと、この前の夜のことを思いだすと、そっと布団をぬけ出し、足音を忍ばせながら愛子センセの部屋に向いました。

 センセの部屋は、もう電気が消えてまっ暗になっていました。ボクはがっかりして、仕方がないからみんなの部屋に帰ろうと思ったときでした。
'ああっ…、あああっ……'
ボクの耳にかすかに女の人の声、いや、小さな女の子が甘え声で泣いているような声が聞こえたのです。
 ボクは、このままセンセの部屋に行ってもいいのか、いや、何か行ってはいけないことが起こっているのか、どうして良いのかわからず、ただひたすら、ジーと廊下にしゃがみ込んでいたのです。
 しばらくの間'ああっ…、ああっ…という甘えたような声が続いていました。ときどき少し大きくなったり、ほんの小さなささやきみたいになるその声が、急に激しくなりました。ボクはびっくりして戸の隙間から、そっとのぞいて見たのです。

 部屋のなかはまっ暗でしたが、じっと眼をこらすと、いつもセンセの寝ているコスモスの花がらの布団の、荒々しく乱れたようすが、すこしづつ見えてきました。そして、その乱れたコスモスの花の陰に、枕元の小さな灯りでうっすらと浮びあがった、長い髪のまっ白な裸が見えました。
'あっ、センセ…、愛子センセ……
ボクは思わずゴクリと唾をのみました。
'センセ…、裸になって、いったい何をしてんねんやろ……?'
 センセはしゃがみ込んだ姿勢で、白いほっそりした腕を伸ばして、何かを握っていました。暗くて、それがいったい何なのか分からなかったけど、センセは大事そうに、そっと握っては、長い間、優しくほほずりをして、それから、あのポッチャリした柔らかい唇を大きく開くと、ぱくっと口に入れました。
 それからセンセは、それを口にくわえたまま、握った手を何回も何回も、もうずいぶん長い間、上下に動かしてはった。そして、'ウッ'と男の人のような声が聞こえたら、センセはやっとそれを口から離したのです。

 でも、センセの部屋には他に誰もいるはずがないので、そんな声が聞こえたのは、ボクの気のせいだと思ったのです。         (続く)

no.052_2
◎旧駅構内では「モ510形」「モ600形」の2両の電車を見ることができる。

no.052_3
◎モ510形:大正15年製のクラシックな古典車両。
 路面区間用の折りたたみステップを持つ。
 市内線~揖斐・谷汲線の直通急行としても活躍した。

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◎モ600形:新岐阜への乗り入れ用に、電圧の異なる区間でも
 運転可能な'複電圧車両'として製造された。

no.052_5
◎電車は子供たちの楽しい遊び相手。

no.052_6
◎古びた駅舎に、過ぎ去った年月を感じる。

  ◎写真の人物はイメージです。文中の登場人物とは一切関係ありません。
  ◎名古屋鉄道・旧美濃駅(2004.09.19撮影、Cr/2011.02.02)


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