オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:Su-026a列車

葡  萄
その1

no.045●14.07.10
メイン045写真
  ◎駒ヶ谷一帯に広がる、葡萄栽培のビニールハウスの横を走る。(駒ヶ谷~上ノ太子)

 私たちにも馴染み深い葡萄。その栽培の歴史はふるく、紀元前四千年頃のエジプト、中近東の周辺から始まったといわれる。
 百獣の王ライオンが葡萄の実と、つた状に茂った茎や葉とともに彫刻された巨大な大理石のレリーフが、古代エジプトなどの遺跡に残るように、この果実は当時の日常生活にふかく関わっていた。
 その後、葡萄は地中海沿岸の地域にひろがり、有名なフランスやイタリアのワインを生みだす発端となった。

 広大なユーラシア大陸を東へ東へとシルクロードにそって、人がモノが文化の拡大を始めた。ラクダに乗った商人たちが東の国々にむかい、珍しい織物や宝石やガラスの器など、数えきれない様々なモノを伝えた中のひとつに葡萄があった。何百年もかけ大陸を横断し、古代中国から、やがて朝鮮半島までこの果物はたどり着いた。
 日本海を隔てた日本列島にようやく葡萄が登場するのは、海をわたる技術が進歩し、徐々に多くの人々が朝鮮半島から日本列島に渡りだした弥生時代の頃で、稲作などと共に伝わったといわれる。




 大阪阿部野橋を発った準急電車は南河内の平野を横切り、古市駅を発車すると、やがて葛城山脈の麓にたどり着く。
 なだらかな登り勾配の線路の左右には、小高い山の頂上まで続く葡萄畑が、キラキラと太陽に輝き、まるでガラス板のようなビニールハウスに覆われ、一面のパノラマのように延々と広がっていた。
 電車は静かな山あいに、モーターの唸るような低い音を響かせながら、その間をすり抜けるように進んだ。

「次は、駒ヶ谷でございます」
車内アナウンスの声が響いた。
その起伏にとんだ山あいは駒ヶ谷とよばれていた。
そこは葡萄とともに朝鮮半島から海をわたり、この地に一面の葡萄畑を拓いた高麗の人々が名づけたものだ。
 おそらく当時は高麗ヶ谷と呼ばれたはずである。(続く)

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◎のどかな春の陽を浴びる❶「駒ヶ谷駅」
・開業:昭和4年3月29日 ・大阪府羽曳野市駒ヶ谷159-1

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◎山の斜面一面に張り付く、幾何学模様のパターン。(駒ヶ谷~上ノ太子)

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◎列車の鮮やかな色彩が、緑の山々に美しく映える。
  (駒ヶ谷~上ノ太子)

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◎古代の官道である「竹内街道」を列車が横切る。
(駒ヶ谷~上ノ太子)

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◎後方には、大阪と奈良の県境の山々がそびえる❷「上ノ太子駅」
 ・開業:昭和4年3月29日・大阪府羽曳野市飛鳥811

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◎急勾配を力走する普通列車。(上ノ太子付近)


―「カタシモワイナリー」を訪ねて―
●大正元年(1912年)、高井作次郎氏が創業したワイン工場の一角には、
 見学者用の"ワインバー"が設けられており、訪れた人達への試飲が
 行われている。

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●展示室には開業当初の古い酒造道具など、
 珍しい展示物が数多く揃えられている。

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●創業者の写真が飾られた古いピアノ。
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◎近畿日本鉄道・南大阪線(2004.02.08~2014.05.04撮影、Cr/2008.11.04)                        
※この物話はフィクションであり、使用した写真の建築物、施設等には一切関係ありません。



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