オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:W-021列車

夜風

no.034●14.01.28
メイン034写真
  ◎夕闇せまる岸壁には、黒々とした貨物船が停泊する。(JR弁天町~大正)


 琵琶湖に端を発した淀川が、長い道のりをへてとうとう大阪湾に注ごうとする広大な河口の、その端っこにへばりつくように'吉政'という小さなふぐ料理店があった。
 親しい得意先の人に連れられ初めて山崎がその店を訪れたのは、もう十年も前のことだった。

「今晩は…」
「いらっしゃいませ…。まぁ、しばらく。やっと冬らしくなりましたわねぇ。泰子さんっ、泰子さんっ、山崎さんよ!」
「はぁ~い」
透きとおるような声の細面で色白の女性が、調理場の暖簾をくぐって顔をだした。

「まぁ、ご無沙汰。さあ、どうぞ」
店内には他にひとりの客も居らず、ガランとした空間が妙に寒々しかった。
「いつもの窓側の席がいいわね。夜の河口が見えるわ。
さぁ、今日は何になさいます?…えーっと、まず、おビールね。お料理はこれとこれ。お野菜は少し多めでしょ。それに付きだしはこれだったわね。
 まだ冬の始めだから、お客さんが少なくて…。
じゃあ、お鍋の火を点けとくわね」

 山崎はガラス窓に広がるまっ暗な夜を眺めた。
ただ茫々と広く黒々とした河口は、どこまでが川でどこからが海か、まるで分からなかった。
 闇のむこうに小さく光る灯台の灯りが、時々点いてはまた消えた。

「はい、お待たせ。…ずいぶん久しぶりね。あい変らず忙しいんでしょ。
え~っ、そうでもないの?今年はダメね、不景気で。ウチのお店もさっぱり。
 ところでお子さんの就職は決まったの?まあ、よかったわね。うちの息子?お陰さまでなんとか…。ダンナと別れてさんざん苦労したけど、やっと手がはなれたわ。
 ねぇ、今日はゆっくり出きるんでしょ?
そうそう、先日、お友達から素敵なワインを頂いたの。フランスワインよ。今晩、帰りに私のマンションに寄っていって。一緒に飲みましょ。この前来てもらってからもう2ヶ月も経つわ。ねぇ、いいでしょ…。
 ほらっ、ぐ~っと空けて…。じゃあ、今日は特別にあなたの横でビールを注いであげる。ちょうど女将さんの姿も見えないし…。はい、もう一杯どうぞ」

 泰子は山崎の身体にそっとしなだれ掛かった。ふくよかな泰子の胸が山崎の逞しい腕をぐいっと圧迫した。
 ツツっと細い手がテーブルの下に伸びると、まっ白いしなやかな指が、山崎の足の付け根の敏感な部分をさりげなく撫でた。

'プァ~ン、ゴトン、ゴトン、ゴトン…'
いつの間にか夜空には星が輝きだしていた。鉄橋をわたる電車の音が、夜風にのって小さく山崎の耳に届いた。




 大阪環状線は明治28年、大阪鉄道により天王寺~玉造間を開業。翌、明治39年には国有化。その後、部分的な開業をくり返し、昭和36年、環状線全線にわたり複線電化が完成した。

no.034_2
◎巨大な鉄橋を渡る大阪環状線の列車。(JR弁天町~大正)

no.034_3
◎雨に煙る安治川とトラス橋。都心らしからぬ情緒がただよう。
(JR西九条~弁天町 )

no.034_4
◎鉄道橋と歩道橋が一体化した、六軒堀川鉄橋。
阪神電車の路線を、近鉄電車が相互乗り入れをしている。
(阪神電鉄 千鳥橋~西九条)

no.034_5
◎夕暮れとともに店の周辺は海辺の雰囲気に包まれる。

no.034_6
◎おだやかな入江に、店の小さな灯りがともる。

  ◎この物語はフィクションであり、その内容は使用した写真の建築物、
  施設等とは一切関係はありません。
  ◎JR大阪環状線・阪神電鉄(2002.12.15~2013.11.04撮影、Cr/2009.04.15)


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