オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:Su-017b列車

湖畔のたそがれ その②
入道雲

no.019●13.07.02
メイン019写真
  ◎モダンな駅舎は石山坂本線の終着駅。(坂本駅)


 柱に掛けられた古風な時計がボン、ボンと夜の10時を告げた。
「ねぇ雄太、あさってのお盆には、お母さんと一緒にお父さんのお墓参りに行ってくれるでしょ」
団扇を片手にゆかた姿の母が言った。
「うん、いいよ。お母さん」

 雄太は3日前から大津に帰省していた。父は雄太がまだ2才の時に亡くなった。父の顔は写真でしか知らない。
「お父さんはホンマに優しくて、スラッと背の高い、まるで雄太にそっくりやったわ」
 いつもの事だが、父の話をすると母は急に涙声になる。
「それから、お墓のある坂本の近くのお蕎麦屋さんでお昼を食べましょ。雄太と一緒に行くのはホンマに久しぶりやわぁ」

 トゥルルル、トゥルルル。雄太の携帯のベルが鳴った。
「ハイ。あ~恭子ちゃん、うん、いま大津だよ。ああ、いいよ。明日だね。オッケー!」
 横で聞いていた母は心配顔で、雄太に云うのだった。
「ねえ、雄太。何の電話?」
「恭子ちゃんがデートしようって」
 母は心配そうな声で言った。 「恭子ちゃんって高校の同級生のポッチャリした可愛い子でしょ。最近いろんな男の子と遊んでいるって噂よ。よした方がええわよ」
「ほんと!でも大丈夫だよ」
よしっ、やったネ!イタダキ!と雄太は内心ニッコリするのだった。

「雄太、お母さんが、先にお風呂に入っていい?」
「うん、いいよ」
 夜のふけた静かな表通りに、ゴロゴロと京阪・石山坂本線の電車の走る音が響いた。もうじき最終だなと雄太は時計を見た。

 お風呂から母の声がした
「雄太、悪いけどシャンプー持ってきてくれない。途中で無くなったの…」
「いいよ…ハイ」
 すりガラス越しに、湯気に包まれた母のふくよかな真っ白い背中が、お湯に濡れて光っていた。
「ねえ雄太、久しぶりに一緒にお風呂に入らない?小さい時のように、雄太に背中を流して欲しいの」
「うっ、うん……」

 その日は快晴だった。坂本の真っ青な夏空に大きな入道雲が広がっていた。母と一緒に外でとる食事も久しぶりだった。
「お父さんもきっと喜んではるわね」
こんな嬉しそうな母の顔を見るのは何年ぶりだろう。
そっと母の白い手を取りながら、心からそう思う雄太だった。(続く)

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◎坂本は比叡山延暦寺、日吉大社の門前町として古くから栄えた。(坂本駅)

no.019_3
◎モダンなガラス天井である。(坂本駅)

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◎坂本駅に進入する700形。(坂本駅)

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◎夏空と先頭車。(坂本駅)

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夏空とパンタグラフ。(坂本駅)

※写真の人物はイメージです。文中の登場人物とは一切関係ありません。                        


◎京阪電気鉄道・石山坂本線(2004.08.08撮影、 Cr/2008.07.04)



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