オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:W-006列車
熟田津の船出

no.006●13.01.01
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 西暦661年・斉明七年春一月。
 朝鮮半島の兄弟国、任那救援のため当時の大和の国の数百倍もの強大国、唐・新羅の連合軍との戦いは、国家の存亡を左右する重大な戦であった。

 任那が敗れれば次は大和が滅びる番だ。
 みずからの国力を顧みず、決死の覚悟で難波津より筑紫に向かう数十艘の軍団は、中大兄皇子の母である年老いた斉明女帝を全軍の指揮者とし、女帝の世話役として額田王、大田皇女、鵜野讃良皇女、らが同行した。
老帝の身体を気づかう中大兄は途中の数日間、伊予・道後の湯に滞在した。

 '熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎいでな'

 熟田津の湊(にきたつのみなと・現在の松山市道後あたり)から筑紫の娜大津に向け船出する折に額田王が詠んだ名歌である。
 大国との戦に向かう兵士たちの悲壮な闘志。そして澄みわたる星空に白く浮かぶ月のあかりは流れる潮をキラキラと輝かせる。船出の情景を目のあたりに浮かびあがらせ、潮騒とカモメの声さえ聞こえるようである。               

                  ※

 さて時代は移り、町中が湯気に包まれた道後温泉を訪れたオッチャンは、はるか明治の時代にタイムスリップしたかのごとく、懐かしい道後温泉ステーションにたたずみ、停車する'坊ちゃん列車'に感動の涙をながした。 

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 やがて名高い道後の湯にどっぷりと浸りながら、あの中大兄皇子と大海人皇子の二人の男性に愛された若き皇女、額田王もこの名湯に入浴したであろうと想像する。

 その豊かすぎる胸元、まだ子を孕んだこともない淡く桃色に輝く乳首は幼子のように小さい。
 ふっくらと豊かに肉づいた真っ白な腰と太ももは、スラリとした長い脚へと続き、湯屋の天井からさす淡い冬の光にゆらゆらと照らされた、額田王のその秘部たるや……。

 とどまる所を知らぬ妄想に、オッチャンの顔面の汗はいつしかポチャンと音を立てて湯に落ちた。
 そして広がったその波紋は、陽の光にキラリッとまぶしく輝くのだった。

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  ◎伊予鉄道・市内線 道後温泉駅(2003.01.01撮影、Cr/2008.07.02)


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