オッチャン鉄ちゃんの足のむくままタイトル
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旅めぐり脱線百話:A-005列車
幻の貴賓車・サ2600形

no.005●12.12.22
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 今を去る30数年前、ヨーロッパの旅の道すがら、ふと訪れた夜のローマの終着駅、あの数々の名映画に登場したテルミニ・スタチオーネのモダンイタリアの名建築から受けた、あふれる旅情感と哀愁感。名建築とは人に深い感動を与えるのだ。

 夜の視界にこつ然と現れた総テラコッタの豪壮な外観を誇る、近鉄「宇治山田」駅にも同じ感傷を受ける。
 昭和6年、参宮急行電鉄山田線の終着駅として開業したこの駅は、南海難波駅、東武浅草駅などの名建築を今に多く残す久野 節の設計で、まさに世界に躍進する日本の、心のふるさと伊勢神宮にふさわしい表玄関であった。

  時は流れ、戦時色漂う昭和14年、初冬。
大阪上本町の参宮急行電鉄本社を、ある人物が訪れた。
「実は社長、オイシイ話が有りまんねんやわ」
吉本興業の重役ではない。大日本帝国・陸軍高級官僚である。
「来年、昭和15年を日本建国2600年とゆー事にして、初代神武天皇はんの祝賀記念祭を、奈良の橿原神宮と、へてから伊勢神宮でやりまんねん。
日本全国をお祝いムードで盛り上げ、神国日本の強力イメージ出します! 参急はんの輸送力を頼りにしてます。ガバッと儲かりまっせ!
そうや電車の一両ぐらいプレゼントしまんがな。
形式名は2600形としなはれ。
貴賓車にして天皇さんに乗ってもらいまんねん!
電車のど真ん中には当然、菊のご紋章をドッカーンと入れまっせ。
いやぁこのキャンペーンは絶対大成功でっせ!!」
 そして2年後の昭和17年、日本はあのいまわしい太平洋戦争に突入していったのである。

 戦後、参宮急行から社名を変更した近畿日本鉄道は大阪~伊勢・名古屋 の特急列車を復活した。その中の1両があのサ2600形であった。
 菊のご紋章は取り外し特急色に塗り替えてあるが、列車編成に違和感が残る。そして昭和28年特急専用車の登場により、急行用に格下げ。
 この車輌は昭和40年代に寂しく廃車となったのである。

 ◎近畿日本鉄道・山田線 宇治山田駅(2006.08.16撮影)




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