杜若線
時雨徒然帳目次ページへ 杜若タイトル作者澤田圭果プロフィールページへ


 小夜子は、見慣れぬ学校の、ただ教室から近いという理由だけで、控え室代わりにあてがわれた図書室で、苛立ちを募らせていた。
 小夜子の親は、いわゆる「転勤族」だった。小さな頃から、転校を繰り返し、小学校時代も中学校時代も、そして今の高校時代に至っても、違う土地で過ごした。
 今思い返しても、ずいぶんあちこち行ったものだと思う。渡り鳥のように定住を許されぬ生活は小夜子の人生の一部と化してはいたが、やはり毎回心地よいものではなかった。
 渡り鳥ならまだマシだ、と小夜子は思う。渡り鳥たちは毎回知らない土地に行くわけではない。季節によって住処を変えるだけで、その場所は毎年変わるわけではない。それならむしろその方が楽しそうでさえある。暑すぎることもない、寒すぎることもない土地を求めて、自分の翼であの美しい空を雲と語らいながら、朝夕太陽と挨拶を交わしながら、ゆっくりと移動していく。そして移動の末に、体が疲れる頃には、昨年自分が余念なく戸締りして後にした、第二の我が家が待っているのだ。魅力的な生活ですらあるではないか。

 修行式を終えた生徒が廊下を騒がす音が小夜子を現実に引き戻した。もうすぐあの嫌な時間がやってくると思うと憂鬱だった。毎度のこととはいえ、見知らぬ大勢の前で挨拶をさせられる直前の気持ちには、到底慣れられそうもなかった。いざその瞬間になってしまえば、後は成り行きに身を任せればよい。それが分かっていても、この時間はいつも、緊張の波が落着きをすっぽりと呑み込んでしまう。
 
 もちろん、流浪の生活を送る小夜子には、親しい友人などおらず、本を友としてきた。そのため、今居る図書室の本も、以前読んだ物ばかり。それでも、本に囲まれているだけで、少し気が楽だった。
 ふと立ち上がって、適当に本を開く。それは小夜子より年上の古い文学全集の中の一冊。ずっしりとした重さと、きな臭い匂いが心地良い。


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