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第三章イメージ

第三章#1タイトル
 
第三章1-1写真
 
※お昼ごはんをご相伴させていただく事になり、もう少しお話しを…。
 
 
藤本   私が職人になった本当の理由は、商売人に向きませんねん。
 
ーなんでですか?
  藤本さんのような商売人さんやったら、
  みんなに好かれていっぱい仕事入ってくると思いますよ。
 
藤本   いやいや、若い頃から喋るのが一番苦手やった。
 
ーいやいや、お上手に喋られてますやん。
 
藤本   生まれたときから百姓して、おまけにウチは村でも一番奥の家で
ほとんど子供のときから、遊ぶ友達同級生いうたって
離れている三人しかいませんし。
遊ぶ相手は自分の弟、妹ですし。

自分一人で山行き、畑行きやさかい、
ほとんど一人の生活が多いからね。
人嫌いになりますねん。
 
ーそうだったんですか。
 
藤本   ところがね、家内亡くなってからどうしても寂しいもんやから
人来たら捕まえて喋るように自然となってきましてん。
 
ー藤本さんは昔から人と話すのが上手やったんですよ。
  でもその機会が少なかっただけで自分はでけへんと思い込んではっただけですよ。
 
藤本   うん、
娘に「お父さん、よう喋るようになったなぁ」って
言われるようになりました。
ハハハハ
 
ー良かったですねぇ。ハハハハ
 
藤本   またね、知り合いにも言われるんですけど
「藤本、お前趣味のええ仕事してるさかい、
そうやって元気でおられるんや」って。
 
ーそうですね。まさしく。
 
藤本   私の好きな仕事、おまけに指先使う、デザイン考える頭を使う、
もってこいの仕事してるから元気でおれるんやってね。
ハハハハ

私ら習った時代から、ガラス切子いうのは
デザイナーが書いてくれても、その通りのものは絶対出来ないから。

あぁやって回転している直線のもんの組み合わせ。
今日は一枚しか使いませんでしたけど、
グラインダーの頭がまぁるいもんで、
それの大小によって球の模様をいれる、
そういうことだけしか出来ないと。

私なんか無理矢理ああいう曲線入れてますけど。
曲線なんて出来る範囲が決まってるもんで。
おまけにぐるっと円書けいうたかて、
あこまでは回るけどあれ以上小さい円はできませんわ。
 
ーあぁそうですね。
 
藤本   せやから、デザイナーがそういうこと書いてきたって
絶対に出来ないから。

我々の仕事は自分でデザインを考えて出さんことには
できない仕事やから。
自分でデザインを考えて行けと。
見本作るには自分で見本作れと。
せやないと他人がこういうもんを作ってくれって言われても
そういうもんは出来ないと。
そういう風に若い頃教えられたんですよ。
 
ーだからといってデザインってそんな簡単にできるもんじゃないじゃないですか。
 
藤本   そうです。
それはね私自身が子供の頃から絵すきやったんです。
 
ー何か勉強されたんですか。
 
藤本   なんにも。
勉強いうたかて、小学校一年生ぐらいの頃からですけども。

私吉野郡の出身なんですけど、吉野郡とか県とかの、
秋になったら展覧会あるでしょ。
それに先生が出せと。
家で百姓するのに役に立たない五年生ぐらいまで
出させてもろうたんですよ。
その勉強だけですわ。
 
ーあぁ〜。
 
藤本   それでも絵は好きやった。
絵と工作は好きやった。
三十人ほどの学級やけども、その中では一番でした。
 
ーそういうもんが無いと無理ですよねぇ。
 
藤本   はい。絵心が無いと…
一年生のときと三年生の時にたんと褒美もろたんです。

大きいこんな表彰状でね、私の母親が遺してくれてる思いますわ。
どこにあるか忘れてしまいましたけど。
郡と県の展覧会で二度か三度ほど入選してますわ。
 
ーへぇ〜。
 
藤本   副賞にクレヨンとか、
昔のことやからね絵の具とか画用紙とか色んなものくれたでしょう。
それが楽しみでね。
それに校庭に集まって朝礼で表彰されるでしょ。
 
ーおぉそれは名誉ですよね。
 
藤本   はい、それだけですわ。
それがね小学校時代の一番の自慢ですわ。

今でも小学校時代の同窓会があったら
「お前、絵上手かったからな。
お前に描いてもうて提出したのにアカンかったな」って
ハハハハハ
 
ーそんな漫画みたいな事あったんですか。
 
藤本   そうですねん。
 
ー先生も分かってはったんですね。
 
藤本   そうでしょうね。
それでこの切子を習うきっかけになった弟に来た話をね、
絵描いてる話やったら、弟より私のほうが向いてるって
私が行くってね。
 
ーそれはスゴい判断と情熱でしたね。
 
藤本   そうですね。
 
ーもしその話を知らなかったら、違う道行ってたかもしれませんね。
 
藤本   そうですね。
それまではね、洋服屋さんの商売人の話があってね、
私商売人イヤ!って断った。
その次には横浜で裁縫やってものすご出世してはる人やから
行けへんかって。
男モンのテーラーですね。

それはね、私はエエかな思たんですけど、
母親がね戦後間もない頃やから
横浜あたりの遠いとこ行くのを嫌ったんですよ。
 
ーそうですよね、昔は関ヶ原越えたら遠い異国ですもんね。
 
藤本   昔の人の考えやからね。
私自体が気になったんは、ものすご油手なんですよね私。
 
ーそうなんですか?
 
藤本   もう歳行ったからね油手や無くなったけど、
「夏になったら白い紙とかキレとか私は使えない。油手やから」って
それが一番気になってね。
でガラス切子を見学に行ったらグラインダーで絵描いてるでって
分かったし、相手がコップで汚れても洗ろていけると。
これやったら一番私に適していると。
 
ーそこでそういう判断をされたんですね。自分を分析していないと出来ないですよね。
 
藤本   自分の生活とか身体を分かってたから。

まぁま、洋服の方に行かず、
もしかしたらそっちの方が良かったのかもしれませんけど。
私はそう判断したんです。
 
ーでもどちらでも成功したんだと思いますよ。
  藤本さんのようにひたむきに努力される方は何しても成功されると思います。
 
藤本   ハハハ
そう、ありがとう。
 
ーでも、切子は天職やったんでしょうね。
 
藤本   まったくの天職でした。
 
ー楽しいんですか
 
藤本   うん、楽しい!
 
第三章1-2写真
 
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