ノスタルジック映画パンフのお話タイトル
mouretsu.netホームへ話し手 すかたん有留夢
第1回
2013.06.25
燃えよドラゴン後編写真
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1973年7月20日深夜、女優ベティ・ティン・ペイ(丁珮) の香港の自宅で頭痛を訴え、鎮痛剤を飲んで、そのまま昏睡状態に陥ち入り、病院へ搬送されたが死亡。32歳でした。当時、香港マスコミに取り上げられた死因はいろんな説があり、彼の死は謎とされていました。葬儀は香港とシアトルで行われ、香港では数万人のファンが葬儀に押し寄せ、シアトルの葬儀にはリーの弟子だったジェームズ・コバーンやスティーブ・マックイーンも参列しました。その後「燃えよ!ドラゴン」が公開され、世界中で驚異的なヒットを記録したのです。半年後、日本でもお正月映画の大穴!大ヒット。ワーナーは1ヶ月程で、前年一年分位の売り上げを記録。この年の洋画配給収入2位を記録しました。因みに1位は「エクソシスト」。 ストーリーは皆さんよくご存知ですが、少林寺の武術家リーは、同じ少林寺派拳法出身のミスター・ハンの島で開催される武術トーナメントに出場してハンの麻薬製造密売の内情を探り出す要請を、秘密情報局から受ける。一度は断ったリーだったが、少林寺僧長の説得と、父から数年前の妹の自殺の原因がハンの手下オハラであることを聞かされ、トーナメントへの出場を決意。リーは秘密の任務と復讐心を胸に秘め、ハンの島へと乗り込んで行く。トーナメントでは、居並ぶ強敵を蹴散らし、ラストでは鏡張りの部屋でハンと一騎打ちの死闘を展開。ストーリーは単純ですが、ブルース・リーの全てがこの映画に凝縮され、引き締まった筋肉美と気迫に満ちた雰囲気に観客は圧倒され、大人も子供も熱狂しました。この後の日本映画のアクションにも多大な影響を与えています。「燃えよドラゴン」は映画としては二流の作品かもしれませんが、ブルース・リーの伝説と共にアクション映画史の記録に残る記念碑的作品には違いないでしょう。 最近のニュースとしては、2004年4月香港の尖沙咀の先端にブルース・リーのブロンズ像が建てられ観光名所になっています。又、香港の星島日報は2012年10月24日、伝説的なカンフー映画スター、故ブルース・リーが最後に住んだ邸宅が1億8000万香港ドル(約18億4000万円)で売りに出されることになったと伝えました。【香港AFP=時事】

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